2009.07.29 Wednesday
一族
8/1公開の映画「サマーウォーズ」の予告編を見ました。
その中のワンシーンに、懐かしさを感じました。
私の親族は、お盆や正月に集まっていました。
縁側のある畳の部屋に、ちょうど、上の画像のように、低いテーブルを並べて、家長が上座に座り、両側に一同が座るという形式でした。
雰囲気はもうちょっと堅めでしたが。
ふすまを外し三つの間を抜いて、何十人も集まりました。
縁側には芝生があって、それを芝刈り機で苅るのが私の仕事(遊び)でした。楽しく懐かしい思い出です。
一族にはおもしろい仕組みがたくさんありました。
例えば、次男以下の男が結婚して本家を出ると、新家(しんや)と呼ばれるのですが、新家になるとき、本家から小さめの土地付き一戸建てをプレゼントされていました。この制度(?)のお陰で、部屋を借りたり、住宅ローンを組む必要はありません。将来大きな家を現金一括で買うのに備えて、貯金に集中し、貯まったら小さな家と土地を売って、大きな家に引っ越します。
一方、本家家長が亡くなったときは、男系の男子がこれを継承するのがしきたりで、つまり長男以外は、遺産相続を放棄することになっています。
もし子供が4人で相続したら、土地は四分の一になってしまいます。さらに一代あとになれば、16分の1。土地、財産、法人、施設などは、まとまった規模があって初めて「力」ですから、本家が一括で引き受けた方が、力を維持し続けることができます。
相続でもめるようなことは一度もありませんでした。何代もそれを続けてきていて、その中で育った子供は、それが当たり前だと思っているからです。もちろん法的には裁判で争うなんてことも可能なんでしょうが、一族としての全体最適を考えた方がよいに決まっていると考えている、というか、一族内で争いをするようなことは考えにも浮かびません。
「本家は大きな家に住めていいな」と思うかも知れませんが、一族の代表として任された身ですから、自由は少なく、責任があるので、よく働きます。
また、「能力がある者が継ぐわけではないから、うらなりのナスみたいのが家を継ぐなんてことも」という意見もありますが、それは確かにその通りです。
しかし、本人に能力がない場合は、先代の真似をし「守る」だけに徹すれば、それほど難しくありません。
家の成長は子孫、それも長兄が能力を持って生まれることを待てばよいのです。
能力主義の競争に倒しすぎると、急成長のメリットよりも、争いで崩壊するリスクの方が高いということを歴史の中で学んでいるのかもしれません。
・・・他にも、おもしろい考え方がたくさんあるのですが、こういう、昔の制度、文化の体験が書いてあるブログってあまりないですよね。それぞれが持っている経験が、現代でも生かせる部分があるのではないかと思っています。
その中のワンシーンに、懐かしさを感じました。
私の親族は、お盆や正月に集まっていました。
縁側のある畳の部屋に、ちょうど、上の画像のように、低いテーブルを並べて、家長が上座に座り、両側に一同が座るという形式でした。
雰囲気はもうちょっと堅めでしたが。
ふすまを外し三つの間を抜いて、何十人も集まりました。
縁側には芝生があって、それを芝刈り機で苅るのが私の仕事(遊び)でした。楽しく懐かしい思い出です。
一族にはおもしろい仕組みがたくさんありました。
例えば、次男以下の男が結婚して本家を出ると、新家(しんや)と呼ばれるのですが、新家になるとき、本家から小さめの土地付き一戸建てをプレゼントされていました。この制度(?)のお陰で、部屋を借りたり、住宅ローンを組む必要はありません。将来大きな家を現金一括で買うのに備えて、貯金に集中し、貯まったら小さな家と土地を売って、大きな家に引っ越します。
一方、本家家長が亡くなったときは、男系の男子がこれを継承するのがしきたりで、つまり長男以外は、遺産相続を放棄することになっています。
もし子供が4人で相続したら、土地は四分の一になってしまいます。さらに一代あとになれば、16分の1。土地、財産、法人、施設などは、まとまった規模があって初めて「力」ですから、本家が一括で引き受けた方が、力を維持し続けることができます。
相続でもめるようなことは一度もありませんでした。何代もそれを続けてきていて、その中で育った子供は、それが当たり前だと思っているからです。もちろん法的には裁判で争うなんてことも可能なんでしょうが、一族としての全体最適を考えた方がよいに決まっていると考えている、というか、一族内で争いをするようなことは考えにも浮かびません。
「本家は大きな家に住めていいな」と思うかも知れませんが、一族の代表として任された身ですから、自由は少なく、責任があるので、よく働きます。
また、「能力がある者が継ぐわけではないから、うらなりのナスみたいのが家を継ぐなんてことも」という意見もありますが、それは確かにその通りです。
しかし、本人に能力がない場合は、先代の真似をし「守る」だけに徹すれば、それほど難しくありません。
家の成長は子孫、それも長兄が能力を持って生まれることを待てばよいのです。
能力主義の競争に倒しすぎると、急成長のメリットよりも、争いで崩壊するリスクの方が高いということを歴史の中で学んでいるのかもしれません。
・・・他にも、おもしろい考え方がたくさんあるのですが、こういう、昔の制度、文化の体験が書いてあるブログってあまりないですよね。それぞれが持っている経験が、現代でも生かせる部分があるのではないかと思っています。






