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教育バウチャーが日本を救う 〜大学は一校に統合〜
■大学の存在意義
先日、立教大学の吉岡知哉総長が卒業生へ祝辞を述べる際に「大学の存在根拠自体が問われている」と述べたそうです。
日本は、大学全入時代を迎えています。国内約800の大学があり、進学希望者全員が大学へ進学できる状況になっています。そのため、不人気校では定員割れが生じ、入試、広報担当者は頭を悩ませています。私は大学の講師から「経営的理由から学力を問わずに入学させるように言われている」「三角形の面積を求められない学生もいる」といった実状を聞かされています。この問題は、大学だけではなく企業にも及んでいます。これほどの就職難でよい人材を採り放題かと思いきや、企業の8割が「良い学生が採れない」というアンケート結果が出ています。
こうした背景から、「大学に存在意義はなくなった」という意見がありますが、もちろんそんなことはありません。大学はとてもとても重要な役割を担っています、学校法人、大学教職員、文科省などにとって。
ただ、私としては、できることならなのですが、大学が「学生」にとっても役に立つ存在になってくれたらと思っており、ひとつの教育改革案について書いてみたいと思います。

それは、国公立大学の統合と、教育バウチャーの導入です。

■国公立大学の再編、大学の無償化
まず、日本の国公立大学を「国立大学日本」一校に統合します。国立大学日本への入学は、高校卒業、もしくは大検合格にて許可されます。入学に際して選考はありません。入学金や授業料は全て無料です。

■キャンパス、教室
全国の国公立大学の校舎は貸し会議室となります。学生が東京に集まるのではなく、講師の方が全国を行脚します。学生は、地元で学ぶことができます。親のすねは細くならずに済みますし、学生が都内の不動産屋さんに狭いワンルームを押しつけられることもなくなります。

■バウチャー制度
国立大学日本へ入学した学生には、100枚の教育バウチャーが付与されます。教育バウチャーはマイナンバーにひもづけられており、譲渡や売買はできません。
バウチャー1枚を使って、1つの講義を受けます。講義は、文科省に登録されている講義の中から好きなものを受講することができます。一定数の「可」をもらえば学士(大学卒業認定)が与えられます。
講師は学生に対して教育を提供し、学生からバウチャーを受け取ります。講師は受け取ったバウチャーを国に買い取ってもらうことで収入を得ます。

■どんな授業が行われるか
講義の内容は自由です。お金持ちになるための経営学でも、この世の理を知る理論物理学でも、リリアンの編み方でも。塾、予備校、専門学校、語学教室、資格学校、社会人向けセミナー講師、大学講師などが、同じ土俵で競争することになります。現実的には語学や資格取得を目指す人が多いのではないかと思われます。

■講師、講義に対する評価
池上彰さんが講義をすれば波のように人が押し寄せて、高い収入を得ます。一方、現在は教授と呼ばれていたとしても実際のところ学生から不人気の講師は、机と椅子を相手に講義をすることになり、収入はなくなります。

■教育はパブリックドメイン
バウチャーを受け取って提供された教育は、パブリックドメイン(公的財産)として、受講生や国が自由に公開、閲覧することができます。
池上さんなど人気がある講義については、受講した学生や文科省から委託を受けたスタッフによって動画やテキストとしてアーカイブされ、ネットで閲覧可能になります。一度有償で行われた講義は、学生以外も無料かつ自由にその教育を受けることができるようになります。
講師は、継続的な収入を得るためには、新たなコンテンツを創り出す必要があります。もしくは、ゼミやディスカッションなど場を共有して行う教育を提供するという方法もあります。

■講義ごとに選考
講師がゼミ形式のコンテンツを提供する場合、受け入れ可能な人数が限られます。そのため、選考は講義単位で行われます。

■学生に対する評価
もし、AKBの前田敦子さんが「アイドル基礎」という講義を行ったら、床が抜けほどの学生が集まるかも知れません。この講義に税金を投入するのは無駄遣いになるのでしょうか?
無駄かどうかは社会が判断します。バウチャー制度下では、学生の学習履歴も公開情報となります。マイナンバーをキーに、誰がどんな講義を受けたのかを、誰でも知ることができるようになります。
前田敦子の「アイドル基礎」を受講した人を採るか、八田達夫の「経済学」を受講した人採るかは、履歴書を受け取った企業に委ねられます。
それでも「アイドル基礎」を受講人がいるならば、それは国民への福利厚生と思えばよいでしょう。

■学力偏差値
学力偏差値の測定については、TOEICのように年に数回、テストを実施します。企業は採用の際、必要に応じて科目ごとの学力偏差値の提出を求めます。
これにより、たいてい毎年ニュースになる「入試に遅れてパトカーで運んでもらう受験生」がいなくなります。

■生涯、学習
教育バウチャーは生涯有効です。高校卒業後2年間、集中して講義を受けてもいいし、就職して働きながら講義を受けることもできます。例えば、勤続5年目に財務部に転勤になったとき、その時点で簿記の授業を受講することもできます。

■研究機関としての役割
大学には教育だけではなく、研究機関としての役割があります。これを切り分け、研究所には研究費を付与します。

■教育にも競争を
国公立大学の統合と、教育バウチャーによって、教育を受ける側だけでなく、教育を提供する側にも適切な競争原理を働かせることで、日本の教育は強くなります。


(コメントは筆者のブログで書き込み可能です)
| - | 21:14 | comments(5) | trackbacks(0) |
コメント
>私は大学の講師から「経営的理由から学力を問わずに入学させるように言われている」「三角形の面積を求められない学生もいる」といった実状を聞かされています。

ひどすぎる話で信じられないのですが、ソースはどういった大学ですか?

>この問題は、大学だけではなく企業にも及んでいます。これほどの就職難でよい人材を採り放題かと思いきや、企業の8割が「良い学生が採れない」というアンケート結果が出ています。

これもソースはどちらですか?

大学をカルチャースクール化するのは面白いアイディアです。
しかし、それで学士号を与えても、大卒の意味が軽くなるだけですよ。
最初から、カルチャースクールに通った方が、効率的だと思います。

大学は専門的な分野を教育・指導する機関です。
だから、国に定められたカリキュラムの基準があります。
あなたのようにお好きな講座をどうぞ、とやっていたのでは、OO学の学士という品質保証を大学ができません。

また、あなたのやり方のように、講師が全国行脚をするのでは、工学、理学、薬学、農学、芸術学、体育学のように設備を必要とする学問はすべて大学では教育不可能になります。
あまりに大学教育を軽く見過ぎです。
| ブロゴスから来ました | 2012/04/18 5:25 PM |
名指しはできませんが、都心にある大学です。地方はさらにひどいです。
有名大学でも、きちんとした日本語が書けない学生が結構いるのは、大学関係者なら皆知っています。

アンケートは人材会社によるものです。検索すると出てくると思います。

> 大学をカルチャースクール化するのは面白いアイディアです。
逆です。現状、大学がカルチャーセンター化しているので、
実社会で役に立つ教育機関にしようというアイディアです。

> 国に定められたカリキュラムの基準があります。
国が定めたカリキュラムがだめだから、国民(すなわちあなた)がカリキュラムを決める仕組みです。

> 学士という品質保証を大学ができません。
就職難は、大学が押した太鼓判に企業は見向きもしない結果です。なので、国民(すなわちあなた)が、価値があると思う教育を提供し、価値があると思う教育を受ける制度です。

> 講師が全国行脚をするのでは、工学、理学、薬学、農学、芸術学、体育学のように設備を必要とする学問はすべて大学では教育不可能になります。
全国の国公立大学に設備はあります。

> あまりに大学教育を軽く見過ぎです。
逆です。重く見ているので、改革案を提案しているんですね。


コメントはFacebookの欄にお願いします。
| 新田ヒカル | 2012/04/18 5:47 PM |
コメントは承認が必要なんですね
連投になり失礼いたします

先程は、全否定をするようなコメントで申し訳ありませんでした
教育バウチャーの導入など、興味深い点もいくつかありました

ただ、それらをすべてだいなしにするくらい、非現実的すぎます
導入コスト、著作権の問題(コンテンツの無料公開)、講義する場所の問題(講義が大都市に集中して地方の学生は受講できない)、単位認定の仕組みの問題(各授業、各生徒の質がバラバラ)、卒業認定の問題(バウチャーが一生涯使えるということはどの段階で卒業認定するのか)など書ききれないくらいあります。

確認したいのですが、著者は大学の存在意義を高める提案をしたいのですよね。
だとしたら、そもそも根本的な問題が著者の文章には存在します。

「大学をカルチャースクール化させて競争させる」との提案ですが、それこそカルチャースクールとの差別化が難しくなり大学の存在意義がなくなります。
同じ仕事をカルチャースクールがやっているのなら、そういう業務は最初からカルチャースクールに任せて、大学は住み分けをすべきなのです。
それとも、国民の税金を投入してカルチャースクールを作りたいのですか?

TOEICのような学力試験も同じです。
それは、既存のTOEICのような資格試験に任せればよいのです。

研究機関を切り分けるとありますが、専門の国立研究機関はすでに多数存在します。
大学が研究機関兼教育の役割を担う必要があるのは、次世代の研究者を教育する仕事を請け負っているからです。

単なる自分に都合の良い願望ではなく、そもそも大学とはどういう機関なのだろうか、ということをよく勉強してから文章を書いてください。
今の大学は、大学にしかできない仕事をしているから存在意義があるわけです。
その大学特有の競争力を持つ仕事をすべて解体して、既存の機関と同じ仕事をやれば競争力が高まるというのは、あまりに短絡的すぎる意見です。
| ブロゴスから来ました | 2012/04/18 5:57 PM |
> 導入コスト
不要な講義がなくなるため、予算は一気に縮小されます。

> 著作権の問題(コンテンツの無料公開)
実質的に、著作権を国が買い取る形になります。それを望まない講師は、バウチャー収益に頼らず、私費で講義を行うことができます。

> 講義する場所の問題(講義が大都市に集中して地方の学生は受講できない)
それは現在の問題ですね。それを解決するために、映像が共有されます。

> 単位認定の仕組みの問題(各授業、各生徒の質がバラバラ)
講師は、講義ごとに選考を行いますから、生徒の質は担保できます。
授業の質は、事前に映像で確認できるので「ハズレ」を引く可能性が減少します。

> バウチャーが一生涯使えるということはどの段階で卒業認定するのか
一定コマ数「可」以上を取得した時点で、学位を付与します。

> カルチャースクールとの差別化が難しくなり大学の存在意義がなくなります。
教育に本来区分はないのですが、カルチャースクール、専門学校、大学などに分けているのを、平等に扱うということです。

> 同じ仕事をカルチャースクールがやっているのなら、そういう業務は最初からカルチャースクールに任せて、大学は住み分けをすべきなのです。
仰る通り、現在カルチャースクールで講師をしている人に任せるべき講義は、その人に任せ、現在大学講師に任せるべき講義は、その人に任せるのが理想です。それが自由になります。

> 既存のTOEICのような資格試験に任せればよいのです。
これは、仰る通りであり、私の提案の通りです。

> 研究機関を切り分けるとありますが、専門の国立研究機関はすでに多数存在します。
大学の研究の役割はそちらと統廃合します。

>次世代の研究者を教育する仕事を請け負っているからです。
大学生全員が、研究者になるための勉強をするのは非効率です。
研究者志望者は、研究者育成の講義を受け、研究機関に就職します。

> そもそも大学とはどういう機関なのだろうか、ということをよく勉強してから文章を書いてください。
大学の役割ありきではなく、社会に必要な役割ありきです。
必要な役割を担えるように、変化する必要があります。

(コメントはFacebookの方でお願いします。こちらへのコメントは削除する場合があります)
| 新田ヒカル | 2012/04/18 7:31 PM |
初めまして。
私は多摩大学を経て現在法政大学の大学院で学んでいる者です。
同じ大学のOBがご活躍されている事を思うと誇りであると同時に励みになります。
応援してます。
頑張って下さい。
| ふーみ | 2012/06/11 2:34 AM |
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